日本1979–

羽根木プレーパーク

空き地を、子どもの自由な遊び場に変える

課題

公園から、火も水も土も消えていきました。 禁止事項の看板が増えるほど、子どもが自分の判断で遊びをつくる時間は痩せていきます。 安全と引き換えに、遊びの中身が失われていました。

アイデア

欧州の冒険遊び場運動に感銘を受けた住民たちの実践を経て、1979年、国際児童年の記念事業として世田谷の羽根木公園に羽根木プレーパークが開かれました。 翌年には専任のプレーリーダーが付き、日本初の完全常設型の冒険遊び場になります。 モットーは「自分の責任で自由に遊ぶ」。焚き火も、泥遊びも、木登りもできます。 場所は行政が持ち、運営は住民とNPOが担い、プレーワーカーが禁止ではなく見守りで支える、協働の型です。

結果

この型は全国へ広がり、冒険遊び場づくりの団体は約400と紹介されてきました(協会関連の紹介・2017年頃)。 世田谷区内のプレーパークも5カ所に増え、2025年には新しい遊び場が開園しています。

リサーチの視点

子どもの遊び場の問題は、設備ではなく「責任の設計」にあります。 羽根木プレーパークは禁止の代わりに「自分の責任で」という約束を置き、行政・住民・専門職の分担でそれを支えました。 自由を制度でつくる協働の原型として収録しました。

MODEL
地域の資源を生かす
THEME
インクルーシブ / ソーシャルグッド
SOURCE
bouken-asobiba.org ↗
最終確認
2026.08.05

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